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2007年5月

小泉今日子 Fade Out

小泉今日子さんの1989年の曲、Fade Out

この曲は、当時浸透し始めてたハウスミュージックです。

ハウスミュージックは、1980年代に現れた音楽です。

現在は、ダンスミュージックやトランスミュージックに変貌し、あまりにも身近になってしまった気がします。

当時としては、斬新でまだまだ珍しい音楽、そんな感じだった様な!

小泉今日子さんは、この頃音楽的な試行錯誤をしていました。

新しい音楽にチャレンジしたり、そうかと思えばフィンガー5学園天国をカバーしたり!

自分で作詞をするようになったのも、この辺りだと思います。

Fade Outは、近田春夫さん作詞作曲でした。

近田春夫さんは、70年代から80年代にかけていろんなアーチストのプロデュースをしたり、自身でも伝説バンドのビブラトーンズで活躍したり、音楽的に影の教祖的な存在だった気がします。

で、近田春夫さんと小泉今日子さんがタックルを組んで、ハウスミュージックのFade Outをリリースしたのが、1989年。

この曲、マイナーな歌謡曲スタイルでもあって、その独特な世界観が小泉今日子さんの新しい世界を作り上げたと思います。

が!意外にこの曲、当時大きなヒットにはなりませんでした。

当時は、まだ受け入れられなかったのか?

こんな斬新で面白い曲は、他にも少ないんじゃないかと思いますが!

テレビの歌番組では、キョンキョンの斬新な衣装と振り付け、そして派手なバックバンドが当時話題でした。

KOIZUMI IN THE

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オフコース 言葉にできない

小田和正さんの1980年代に大ブレイクしたバンドオフコースです。

言葉にできないは、1981年12月に発売されたアルバムOVERに収録された曲で、1982年2月にシングルカットされました。

アルバムからのシングルカット曲と言うことで、当時大きなヒットには至りませんでした。

当時から名曲との声もあり、オフコースファンの間では、人気があったと思います。

この曲が世間に浸透したのは、オフコースが解散し、小田和正さんがソロになり、2001年に発表したセルフカバー集LOOKING BACK2の発表以降だと思います。

小田和正バージョンの言葉にできないがCMソングとして使われたことで、注目を集めた感じもあります。

又、ベストアルバムの自己ベストの大ヒットにも大きく関わってると思います。

なのでこの曲は、発表してから20年経ってから、世間に認知されました。

もちろん言葉にできないは、オフコースの名曲でもあります。

小田和正バージョンのしっとりした言葉にできないも魅力的ですが、オフコース言葉にできないも忘れてはいけません!

ま~同じ小田さんのボーカルなんですが!

それよりもこの曲のポイントは以下の歌詞です。

あなたに会えて本当に良かった♪嬉しくて、嬉しくて、言葉にできない♪

この何の捻りも無い直球的な詞が、心を打つんです。

素直な詞の表現が、この曲を名曲にしてます。

小田和正さんは、オフコース時代も含めて、たくさんのヒット曲や名曲がありますが、今となっては、この言葉にできないが、最たる人気を誇ってます。

1982年当時、隠れ名曲だった言葉にできないが、20年以上経った今、誰でも知ってる名曲になりました。

over(紙)

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井上陽水 リバーサイドホテル

1970年代にフォーク世代に多大な影響を与えた井上陽水さん。

個性的な詞と曲、70年代一斉風靡しました。

井上陽水さんは、1980年代もヒット曲を出したり大活躍しました。

リバーサイドホテルは、1982年のシングル曲です。

当時は、実際に大きなヒットには結びつかず、井上陽水さんの隠れ名曲として一部のリスナーからは愛されてました。

その後リバーサイドホテルは、1988年のフジテレビのドラマニューヨーク恋物語の主題歌に起用され、そこで注目を浴びるようになりました。

オリコンでは、1982年に一旦ヒットチャート内(週100位圏内)にランクインし、1988年に再登場し、1989年にかけてヒットしました。

最高11位のトータル21万枚のセールスを記録しました。

この曲は、けだるい感じのメロディとサウンドが魅力的です。

どこか南国情緒を感じさせるイメージ。

詞は、意味不明なシュールな内容です。

逃避行を続け、飽きかけてるカップルをモチーフに繰り広げられるストーリー。

サイケなイメージも強いです。

1982年当時、ラジオから流れる井上陽水さんのリバーサイドホテルに衝撃を受けました。

一度聴いたら忘れられないイントロ。

不思議な歌詞。

けだるいメロディ。

井上陽水さんのクールな歌唱。

こんな曲、井上陽水さん以外の何者でも無い!と思います。

名曲と言うか、珍曲と言った方が当てはまる様な!

夏の夜の蒸し暑い時期に聴いたら、たまらない曲です。

1982年発売の井上陽水さんのアルバムライオンとペリカンは、そう言った妙な曲のオンパレードです。

こちらも名アルバム、いや珍アルバムです。

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中森明菜 スローモーション

中森明菜さんのデビュー曲が、このスローモーションでした。

山口百恵さんやピンクレディーを世に送り出したスター誕生に出たことで、中森明菜さんはこの1982年にこの曲でデビュー。

このスローモーションは、今でこそ中森明菜さんの代表的な初期の名曲ですが、発売当初は大きなヒットには至らなかったです。

オリコンでは、最高30位でした。

むしろ、その次のシングル曲の少女Aがヒットし、その水面下でスローモーションがこっそり売れていた感じです。

しかし、この曲は、当時から名曲との声もあり、半年以上チャートに留まりロングセラーを記録しました。

トータル17万枚のセールスでした。

作詞:来生えつこ、作曲:来生たかおのゴールデンコンビ。

この頃、この姉弟のコンビの曲が多数ヒットしました。

初夏の海岸をイメージさせたバラードソング。

曲調も派手さは無く、じっくり聞かせるタイプの曲でした。

アイドル歌手のデビュー曲としては、あまり大ヒットを期待してなかったんじゃないか!と思います。

逆に他のアイドルと差別化を図る為、あえて控えめな大人っぽい曲で、デビューしたのかな?と思います。

結果、中森明菜さんは、スローモーションと同じ来生姉弟コンビの3曲目のセカンドラブで大ブレイクし、トップアイドルに躍り出ました。

スローモーションは、今でも中森明菜さんのライブで歌われスタンダードな名曲として人気があります。

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中島みゆき 悪女

カリスマシンガーソングライターの中島みゆきさん。

悪女は、1980年の暮れに発売されて大ヒットし、中島みゆきさんの80年代を代表する1曲。

オリコン1位に輝き、83万枚の大ヒットを記録。

この頃、ラジオでは、この曲が毎日の様に流れて、当時誰でも知ってる曲でした。

マリコの部屋に電話をかけて~♪

このフレーズがまず頭に飛び込んできます。

ホテルのロビー、深夜の茶店等、想像しやすい場所が出てきて、イメージしやすい曲です。

なんとなく主人公の心情になって、聴く人も多いんじゃないかと思います。

悪女になりきれない!

そんな気持ちの曲でしたね。

しかも、好きな男性に好きな女性の元に向かわせる為に確か悪女を演じようとしていた女性の歌だったと思います。

80年代の中島みゆきさんの曲は、悪女の様な恋の歌がメインでした。

しかも失恋の曲がほとんど全部と言って良いくらいでした。

空と君のあいだに地上の星銀の竜の背に乗って宙船等のメッセージ的な曲が多くなったのは、90年代以降のことです。

80年代くらいなで、中島みゆきさんと言ったら、失恋の歌!と連想する人が多かったと思います。

当時、中島みゆきさんは、ラジオの深夜番組オールナイト・ニッポンのDJを担当し、こちらも人気番組でした。

曲のイメージとラジオのDJのイメージのギャップが話題になり、それが魅力とされてました。

1982年に発売された悪女の入ったアルバム寒水魚は、その年の年間売り上げ1位を記録しました。

寒水魚の方の悪女は、バージョンが全く違い、ハードロックと言うかブルースの様な歌い方で、サウンドも全く異なるものでした。

アルバムバージョンの方も魅力的です。

寒水魚

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松任谷由実 守ってあげたい

ユーミンこと松任谷由実さんの1981年の大ヒット曲、守ってあげたい

薬師丸ひろ子主演映画、ねらわれた学園の主題歌としてヒットしました。

今となっては、映画よりもユーミンの名曲として残ってる様な気がします。

松任谷由実さんは、元々荒井由実の名でデビューし、あの日に帰りたいが70年代に大ヒットしてました。

その後、プロデューサーの松任谷正隆さんと結婚し、松任谷由実に。

コンサートでは、派手な演出が当時から話題で、コンサートチケットがなかなか取れないアーチストでした。

この守ってあげたいのヒット中も、コンサートツアーで竜を登場させたり、ミュージカルの様なパフォーマンスをしたり、とにかく派手でした。

この曲は、ユーミン楽曲の中でも大人しめなバラード曲で、とにかくメロディが良い!

テレビでは、ほとんど歌わない松任谷由実さんでしたが、ザ・ベストテンと日本作曲大賞に出演し、守ってあげたいを披露しました。

この曲のヒットから20年以上経った守ってあげたいは、今も色褪せない感じですね。

オリコン最高2位の69万枚のヒット。

80年代のユーミン代表曲です。

この曲のヒットから、再びユーミンブームに火が付き、90年代にかけて出すアルバムが全て大ヒット!

80年代最も活躍したアーチストです。

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サザンオールスターズ 栞のテーマ

1978年にデビューし、世間に衝撃を与えたサザンオールスターズ

栞のテーマは、1981年、丁度サザンオールスターズが、マスメディアへの出演を控えてた頃に出されたシングル曲です。

テレビでは、この頃出演しなかったので、大きなシングルヒットには、ならなかったのです。

当時、ラジオでは何度も流されて人気が高かったようです。

あくまでもマニアック的な人気だったと思いますが!

今では、この栞のテーマは、サザンオールスターズの中では、名曲として通ってます。

夏を感じるバラードソングで、この曲を聴いてると何故かビーチの映像まで現れてきます。

サザンオールスターズの80年代の代表曲。

と言うか、隠れ名曲かもしれませんね。

ま~、今となっては、かなりメジャーな曲ですが。

粋なラブソング!

オリコンでは、最高35位で、5万枚のセールス!

今となっては、意外ですね。

ステレオ太陽族

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中森明菜 ミ・アモーレ

中森明菜さんの1985年の大ヒット曲、ミ・アモーレ

中森明菜さんは、このミ・アモーレで、レコード大賞を受賞。

オリコン1位の63万枚のセールスでした。

この曲、別歌詞バージョンの12インチシングル赤い鳥逃げたもオリコンで1位を取り、大ヒット!

ラテン系のムード歌謡の様なタイプの曲でした。

その異国情緒たっぷりなエキゾチックなメロディと歌詞!

作詞が北ウィングも担当した康珍化さん。

作曲が日本のラテン系ミュージック先駆者の松岡直也さん。

松岡直也さんの演奏するインスト曲のミ・アモーレも当時評判でした。

中森明菜さんは、ヒット曲がたくさんあって、どれも外せませんが、この曲は特に優れた1曲です。

当時、中森明菜さんはスーパーアイドルでもあり、シンガーとしての実力も高く評価されました。

丁度、ライバルの松田聖子さんが結婚の為、活動休止に入った頃で、中森明菜さんに期待が更に高まりました。

正にこの頃の中森明菜さんは、人気実力共にトップでした。

当時のこの曲の入ったアルバムD404MEは、明菜さんがセルフプロデュース!

ミ・アモーレは、別バージョンで収録され、サンバのイントロで始まりアカペラで歌いだすものでした。

このアルバムバージョンのミ・アモーレは、必見です。

エキゾチックで民族的な中森明菜さんの曲は、この曲からです。

それ以降、SAND BEIGETANGO NOIRAL-MAUJと続いていきます。

D404 ME(紙ジャケット仕様)

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竹内まりや 不思議なピーチパイ

山下達郎さんの奥様、竹内まりやさんです。

竹内まりやさんは、今となってはシンガーソングライターの大御所として健在してますが、この不思議なピーチパイがヒットしてた1980年は、アイドルでは無いのですが、他の作詞家作曲家から曲を提供してもらい歌うシンガーでした。

この曲は、1980年の化粧品のコマーシャルのタイアップソングとして大ヒット!

竹内まりやさん、デビュー2年目のことでした。

この頃、テレビの歌番組にも出演し、ドリフと一緒にヒゲダンスを踊ったこともあるんです。(知らない人も多いと思いますが!)

なので、不思議なピーチパイの頃、竹内まりやさんは「ザ・ベストテン」や「夜のヒットスタジオ」にも出演し、その他忘れてしまった当時の小さな歌謡番組にも出演してました。

この曲は、テレビで歌う竹内まりやさんが印象に焼き付いてます。

隠し切れない~、気分はピーチパイ~♪

化粧品のCMもたくさん当時流れました。

山下達郎さんと結婚してテレビに一切登場しなくなりましたが、それが大成功!

夫婦共にマイペースでシングルやアルバムを発表し、今ではトップアーチスト!

テレビで拝見できないのが、やや残念ですが。

不思議なピーチパイは、オリコンで39万枚の大ヒットでした。

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小泉今日子 渚のはいから人魚

キョンキョンこと小泉今日子さんの渚のはいから人魚

1984年の春から夏にかけてのヒット曲です。

当時、小泉今日子さんは、デビュー3年目で、それまでの普通のアイドルのイメージからの脱皮を図った頃で、この辺りから普通のアイドルとは違った独特な個性が出てきました。

当時は、、女性アイドルとして松田聖子中森明菜のダブルトップアイドル時代。

小泉今日子さんは、彼女達とは全然違うスタイルで勝負!

それが結果、成功!

この頃の小泉今日子さんの髪型は、テクノカットに近く、一風変わった感じ。

他のアイドルとの差別化を上手に図ったんだと思います。

渚のはいから人魚で、紅白歌合戦に初出場し、これまた斬新な可愛い衣装で登場!

渚のはいから人魚は、明るい感じの初夏のドライブをイメージさせた曲でした。

オリコン初の1位を記録。

33万枚のヒット!

K25 ~KOIZUMI KYOKO ALL TIME BEST~ (初回限定盤)(DVD付)

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松田聖子 渚のバルコニー

松田聖子さんの1982年の初夏の大ヒット曲、渚のバルコニー

作詞が、松本隆さん。

作曲が、呉田軽穂さん。

この呉田軽穂とは、ユーミンこと松任谷由実さんです。

作曲のみとか、そういった時に松任谷由実さんは、この呉田軽穂といったペンネームを使ってました。

で、この渚のバルコニーですが、この曲もリゾート感のある曲でした。

右手に缶コーラ、左手には白いサンダル~♪

海辺のコテージが舞台で、潮風なんかも感じさせますね。

松本隆さんの詞と松任谷由実さんの曲が、マッチした曲です。

決して派手な曲じゃなく、大人しい曲です。

やはり当時の松田聖子さんの清純なイメージにぴったりはまります。

当時は、トップアイドルで、スキャンダルな話題も一切無かったので!

音楽的にも素晴らしい曲です。

この曲が好きな聖子ちゃんファンもきっと多い筈。

オリコンチャートでは、もちろん1位。

51万枚の大ヒット!

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山下達郎 RIDE ON TIME

RIDE ON TIMEは、山下達郎さんの初めてのヒット曲!

当時、マクセルのCMソングにもなりました。

このCMは、御本人出演のCMで、浜辺で海に入り片手でピストル作る達郎さんでした。

今考えると御本人出演のCMなんて、珍しいです。

この頃の山下達郎さんのイメージは、夏!

リゾート音楽と言ったら、まず山下達郎さんを思い浮かべる!そんな時代でした。

ライバルが、大滝詠一さんでした。

このRIDE ON TIMEは、70年代のボコボコした音楽と違って、アメリカ西海岸を連想させるタイプの曲でした。

山下達郎さんの曲は、ドライブしながら聴くには最高です。

今も現役バリバリで、マイペースな活動を続けてます。

この人は、超マイペースなイメージが強いです。

シングルRIDE ON TIMEは、オリコン最高3位で41万枚のセールス。

アルバムのRIDE ON TIMEもオリコンで1位を取り大ヒット!

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大滝詠一 君は天然色

80年代と言えば、この人!大滝詠一さん。

1981年から1982年にかけてアルバムロング・バケイションが大ヒット&ロングセラー!

この大滝詠一さんもリゾート系音楽の先駆者的存在です。

シングルとしても話題になった君は天然色

CMソングにもなったかな?

当時の夏は、この君は天然色が、ラジオでたくさん流れてました。

想い出はモノクローム~色を付けてくれ~♪

シングルとしては、あまりヒットもしなかった気が!

アルバムが、とにかく当時としては異例の大ヒットだったし、それはいいか!

大滝詠一さんは、80年代の頭にブレイクし、ナイアガラトライアングルとしても活躍。

そうそう、松田聖子さんの風立ちぬや、薬師丸ひろ子さんの探偵物語小泉今日子さんの怪盗ルビーの作曲も大滝詠一さんでした。

作曲家としての大滝詠一さんも評価が高かった!

アルバムはロング・バケイションと1984年にEACH TIMEを発表して以来、全く新作を出しませんでしたが、1998年にシングル幸せな結末を発表し、大ヒットしました。

で、今君は天然色を聴き返してみても、やはり新鮮に聴こえるのは、不思議。

色褪せないんです。

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中森明菜 サザン・ウィンド

中森明菜さんの今となっては珍しいリゾートタイプの曲。

夏の南の島!と言った雰囲気の曲でした。

何となくハワイというよりも、東南アジアかカリブのイメージがあります。

やっぱり80年代は、リゾートソングが流行り、このサザン・ウィンドもそんな曲。

当時のライバルの松田聖子さんを意識してか、季節感を出した曲でした。

作詞が、来生えつこさん。

作曲が、玉置浩二さん。

当時、安全地帯としてブレイクしかけた玉置浩二さんが、この曲を作ったとは、今となってはちょっと不思議。

何はともあれ、中森明菜さんにとっては、異色なシングル曲。

大ヒットしたイメージがあるものの、代表的な曲ではないかもしれない。

そこが、この曲の異色的な部分かもしれない。

松田聖子さんの天国のキッスと比較すると面白い。

アイドルとして成長し、脂の乗り切った頃の中森明菜さんのヒット曲でした。

サザン・ウィンドは、オリコン最高1位で54万枚のヒット!

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松田聖子 天国のキッス

天国のキッスは、1983年の松田聖子さんの夏のヒット曲です。

作詞が松本隆さん。

作曲が当時YMO細野晴臣さん。

リゾートタイプの詞とデジタル的なサウンド。

常夏をイメージさせた聖子さんのある意味代表曲。

80年代の代表的なタイプの曲だと思います。

この曲を聴くと何処か南の島にでも行ってみたいと思ったりしちゃいます。

リゾート気分に浸れる天国のキッス

松田聖子楽曲は、リゾートな曲が多いですね。

80年代頭は、こんなリゾートタイプの曲がたくさんヒットしてました。

天国のキッスは、オリコン最高1位で47万枚のヒット!

この曲が収録された聖子さんのアルバムユートピアは、65万枚の大ヒットを記録。

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YMO テクノポリス

YMO(イエローマジックオーケストラ)は、80年代の頭に突如出現したテクノポップ集団。

80年代と言えば、このYMO抜きにして音楽を語れません。

スーパーカリスマバンドでした。

そしてテクノポリスは、当時ラジオを始め、レコードショップでも流れて、「何だこの音楽は?」と誰もが驚いたのでは!

そのくらい衝撃的な曲でした。

1980年は、テクノカットなんてヘアスタイルも流行し、テクノブームな年でした。

そんなテクノブームの先駆者YMO!

メンバーは、細野晴臣(ベース)、高橋幸宏(ドラム・ヴォーカル)、坂本龍一(キーボード)の3人。

1978年に結成され、1979年の発表したアルバムソリッド・ステイト・サヴァイヴァーがミリオンヒット!

このテクノポリスは、その中の1曲。

今聴いても斬新で新鮮。

YMOを知らない世代には、驚きかもしれませんが、当時のYMOの曲はインスト!

ボーカル無しでした。

そんなテクノポリスは、オリコンシングルチャート9位まで登り、30万枚の売り上げ。

とにかく当時の少年達は、狂ったようにYMOを聴いてました。

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